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メールマガジン「法円坂」No.94(2009/3/17)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)



 24年前、阪神タイガース優勝の時、ファンに大阪ミナミの道頓堀川
に投げ込まれたカーネル・サンダース人形が引き揚げられたそうです。
これで「呪いがとけた」と気の早いファンは、阪神タイガースの優勝を
確信しているとか・・・・。大阪人は本当にせっかちですね。
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     メールマガジン「法円坂」No.94(2009/3/17)      
    (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長   楠岡 英雄   
  ・海外HIV研修に参加して
 ・加齢と眼疾患』〜あなたの目は大丈夫?
 ・「日本病院ボランティア協会1000時間活動」表彰者のご紹介
 ・看 護 の こ こ ろ (看護部から)
 ・研 修 医 日 記

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         院 長 楠岡 英雄 で す 
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 先日、当院の附属看護学校の卒業式が行われました。80名の卒業生
が4月から新人看護師として働き始めることになります。

さて、現在では、医療現場における看護師の存在は当たり前のものとな
っています。しかし、「看護師」が医療におけるプロフェッショナルな
職業として確立されたのは、1860年にロンドンのセント・トーマス
病院にナイチンゲール看護学校が設立されてからといえるかもしれませ
ん。

では、100年以上前の時代の看護師はどのような存在だったのでしょ
うか。

20世紀初頭の著名な内科医にウィリアム・オスラーという人がいます。
この人は、アメリカの現在の医学教育システムを作った人と言われ、医
学者、臨床家として有名です。

このオスラー博士が、1897年、アメリカ合衆国ボルチモアにあるジ
ョンズ・ホプキンス大学病院の附属看護学校の卒業式で「看護師と患者」
と題された講演をしています。その当時は、看護学校がイギリスででき
てからまだ40年も経っておらず、また、抗生物質もまだなく、医療の
内容は今とは比べることができないほど乏しい頃です。

オスラー博士は、医療における看護の重要性は認めていましたが、当時
の看護師に対しては辛辣な見方をしています。「看護師は世の人びとに
恩恵を与える存在であろうか。それとも恐怖を与える存在であろうか。」
と問い、「病む者の立場から言えば、後者の見解をとらざるをえない。」
と言っています。その理由として、横柄な態度を取る、本人の望む静け
さを邪魔する、病人にとって大切な家族を追いはらってしまう、と言っ
ています。これらの指摘は医療が本質的に持つ一面であり、現代でも、
我々医療者が注意しなければならない点だと思います。

 また、当時の看護師にはプライバシーの保持という考え方が徹底して
いなかったようです。「ヒポクラテスの誓いの一部、病人に関して見聞
きしたことの秘密を守る、という一節を、卒業時に、あなた方も宣誓す
べきであろう。」とまで言っています。医師の職業倫理を記したとされ
るヒポクラテスの誓いには「医に関すると否とに関わらず、他人の生活
についての秘密を守る」という一節があります。実は、オスラー博士の
講演の4年前に、アメリカ合衆国のデトロイトにあるハーパー病院附属
看護学校でナイチンゲール誓詞が作成されています。ナイチンゲール誓
詞は看護師の職業倫理を記したものですが、この中には「わが任務にあ
たりて、取り扱える人々の私事のすべて、わが知りえたる一家の内事の
すべて、われはヒトにもらさざるべし」という一節があり、まさに、オ
スラー博士の指摘したとおりになっています。

 この百年間に、医学・医療は著しく進歩し、それと共に看護師の育成
も単なる技術を習得させるだけでなく、その技術の背景にある科学的裏
付けが求められ、また、それを考える看護師の養成へと変化しつつあり
ます。しかし、医師・看護師を含め、すべての医療人にとって、職業倫
理の基本は変わるところはないと思います。もちろん、社会的規範の変
革や社会状況の変化に伴って変わる部分、本人の倫理観によって異なる
部分はありますが、基本は変わらないでしょう。

百年前と比べて看護師は大きく成長しましたが、他の医療職も同じよう
に育っていかなければならないと思います。

参考
看護婦と患者、「平静の心」オスラー博士講演集、日野原重明・仁木久
恵訳、医学書院。 


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        海外HIV研修に参加して
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                                                  消化器科
                         葛下 典由

 平成21年2月12日から2月27日までの約2週間、当院から医師
4名、看護師2名、メディカルソーシャルワーカ1名、心理療法士1名、
さらに仙台医療センターから医師1名、道北医療センターから1名の計
10名が、米国サンフランシスコでのHIV海外研修に参加いたしました。
研修の内容は、講義、施設見学、実際の診療見学、ロールプレイなど多
彩で、サンフランシスコでのゲイから始まるエイズの歴史、それを援助
する患者支援活動、医療や行政の対応、エイズ患者が抱える今後の問題
点について色々勉強することができ、大変有意義な研修を終えることが
できました。
 高校の修学旅行以来の団体行動だったこと、院内でもあまり面識のな
い方が多く、正直、不安もありました。あいにく、2月のサンフランシ
スコは雨季、週末以外はほとんど雨模様であり、研修にはもってこい?
と思いましたが、雨が降ると気温が下がり、体感温度はかなり低く、体
調を崩された方も数名おられました。それでも全員無事、充実した研修
を終え、元気に帰国することができました。
 ここで、私が研修中、1番印象に残ったレクチャーについてお話した
いと思います。そのレクチャーは、貧しいHIV患者さんを中心に診察さ
れている、トムワデル病院のDr. Zevinの苦労話です。サンフランシス
コのHIV患者には、ゲイ、アルコール中毒者、覚醒剤中毒者が多く、そ
の約40%がHCVにも感染しています。トムワデルの歴史は長く、100年
以上も続いている公立の病院です。1980年頃は、ゲイの間で流行し
たHIV患者を中心に診ていたのですが、1990年くらいからは、ホー
ムレスや、貧困のためプライベートクリニックや大学病院を受診できな
い患者を受け入る、公立病院として機能するようになりました。病院に
は、色々な問題を抱えている患者を効率的に診察できるように、ナース
プラクティショナー(処方箋が出せるなど内科医的な仕事もできるナー
ス)、メディカルアシスタント(主に採血などを行う)、メディカルソ
ーシャルワーカー、心理療養士などの多職種が協力してチームとして機
能しています。HIV患者さんに対する、アプローチは20数年前に比べ
大きく変化しています。後天性免疫不全症の原因がHIVであると判明し
た当時は、エイズを発症したターミナルケアを中心に診療を行っていま
した。理由は、皆さんご存じのように、その当時は有効な治療法が全く
なかったからです。しかし現在は、HAART(多剤併用による抗HIV治療)
により、HIVに対する有効な治療法が確立されています。しかし、トム
ワデルに来院する患者さんの中には、病気のことや、治療内容を理解す
ることができないために治療を拒否し、緩和医療になってしまう患者も
います。ここの病院に来る患者さんは、以前に他の病院で不愉快な思い
をした患者が多く、なかなか人を信じようとはしません。ここで重要な
役目を果たすのが多職種です。HAARTを有効にするには、アドヒアラン
スを良くすることが重要ですが、教養のない人、風変わりな人、人を信
じない人に対して、それを良くするのは、実際にはすごく大変なことな
のです。特にそのバリアーになるのが、薬剤に対する考えはどうか?、
病気の知識はあるか?、サポートはあるか?、鬱病があるか?、ドラッ
グをしているか?、ホームはあるか?などです。それらバリアーを克服
するには、医師、看護師だけでなく、多職種がチームとなって、患者と
関わり合い、バリアーを打ち破らなければならないのです。Dr. Zevin
の患者さんの中には、皮肉なことに、ヘロインの常習者が、ヘロインの
使用時に必ず抗HIV薬を服用することで、HIV薬服用のアドヒアランスが
上がることも実際にあったそうです。今回のHIV研修では、文字通り、
その多職種の医療関係者が共通の研修を行なったことで、それぞれの役
割、チーム医療の重要性を再認識できたように思います。今後、日本に
おいても、医師、看護師、薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、心
理療法士などの多職種が、お互いの立場、役割を理解し、チームとして
患者さんに真摯に向き合っていくことで、色々な理由で治療困難である
患者さんとの相互理解を深め、適切な医療を提供することができるもの
と確信いたしました。


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      −加齢と眼疾患− 〜あなたの目は大丈夫?
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                         眼科 科長   
                         大鳥 安正

 今月のメルマガより3ヶ月間に渡り、眼科のお話をさせて頂きます。
「加齢と眼疾患」と題しまして第1回は白内障について、第2回は緑内障
について、第3回は網膜剥離などの網膜疾患についてお話していく予定
です。
 メルマガ3ヶ月連続掲載の第1回目の今月は身近な眼の病気としまして
「白内障について」をお話しいたします。
白内障というと一般的に老人の病気で進行すれば視力が落ちるものとい
うことは何となくご存知の方が多いと思いますが、実際に治療法など詳
細になると良くご存知でない方も少なくないと思います。
そこで今回は初回ということもあって、身近な眼疾患である白内障につ
いてお話します。

−まずは眼球の構造から・・・−
眼球はカメラによく例えられます。
前から来た光は角膜という透明なレンズを通り、虹彩で形成される瞳孔
(光量を調整する絞りにあたる)を通過し、そのすぐ後にある水晶体
(角膜とともにレンズの役割を担う)によって、眼球の奥にある網膜
(フィルムにあたる)に像を結びます。さらに言えば、網膜へ届けられ
た光の情報は神経の情報に変換され、視神経から脳へ伝達されそこで認
識されることで初めて“見える”わけですが、今回のシリーズでは“眼
球というカメラ”の異常について述べていきたいと思います。

−白内障の病態−
上で述べた目の中にあるレンズ“水晶体”が白く濁る病気を白内障と言
います。
昔から俗に「しろそこひ」と言われている病気ですが、その原因のほと
んどは加齢によるもので一般的には加齢白内障または老人性白内障と言
われます。高齢化社会となった現代の日本においては、非常に良く耳に
する、ある意味親しみ深い病気と言えましょう。眼科診療においては、
早い人では40歳代から白内障を認め、70歳を超えると90%以上の人に、
80歳代ではほぼ100%の人に見受けられます。また他の原因として、先
天性のもの・薬剤性のもの・外傷性のもの・そして他の眼疾患に併発・
続発する白内障もあります。
実際に水晶体が濁り始めると、その程度や濁り方によって異なりますが、
目が霞んだり物が2重に見えたり、あるいは日中にまぶしさを感じたり
夜間の車のヘッドライトなどがぎらついたりするなどの症状が出現し、
更に進行すれば視力が明らかに低下していきます。この病気は原因の如
何に関わらず自然には治らず、また薬剤治療での軽減化も全く得られな
い為、視力回復の方法は手術しかありません。

それでは具体的に手術方法についてお話していきましょう。

−白内障の手術について、その適応時期−
上で述べたように、白内障の根本的な治療方法は手術治療しかありませ
ん。
白内障の進行は一般的に緩徐で、数ヶ月・数年かけて進行していくので、
白内障を診断されたからと言って、すぐに手術が必要になるということ
ではありません。その為、手術の時期に関しては、決まった適応基準と
いうものもありません。ただ、一般的には自動車運転免許の更新基準と
なる矯正視力0.7を境界に手術を検討していく場合が多いです。(当然
個人差はありますし、白内障(水晶体)の濁り方で条件も大きく変わり
ます。)
つまり、特殊な症例を除いては、白内障の手術に緊急性はありませんの
で、眼科の担当医師の判断する手術時期と、それを聞いた患者さん自身
の気持ち(手術に対して必要性を感じているか)から最終的に患者さん
の決心が着いた時期を手術時期とする場合が多いと思います。

−白内障手術の実際−
具体的に手術方法に関してですが、まず手術は基本的に点眼麻酔等の局
所麻酔下で行います。ですから、手術中に周囲の声や音は聞こえますし、
話すこともできます、また、身体や手足を動かすこともできます。(た
だ、手術中は顕微鏡下での細かい作業になりますので、大きな動きはせ
ずにじっと我慢していただく必要があります。)
この局所麻酔下での白内障手術ですが、術中に痛みを感じることはまず
ありません。器具で眼を触られている感覚や圧迫感等は感じられるかと
思いますが、点眼麻酔で行う白内障の手術では基本的に痛みを伴うこと
はないと言えます。(症例によっては眼球の周囲に麻酔の注射をする場
合もあります。)現在の手術では、2.75mmと3mmに満たない創口からす
べての作業を行います。眼内レンズの進歩により、水晶体の濁りを破砕
除去する超音波器具と同じ傷から専用インジェクターによって眼内レン
ズを丸めた状態で挿入し、眼内に入ってから中で広げるという方法でレ
ンズ挿入を行います。
上で述べてきたように、白内障手術は現在ではほぼ完成された小切開術
式となっていますが、まだまだ進化し続けています。現在、まだ保険適
応がありませんが、多焦点レンズも使用されつつあり、従来の手術目的
であった“水晶体の濁りを取る”というものから、“老眼治療”“屈折
矯正治療”というものへ変化しつつあります。今後はさらに手術の小切
開化と眼内レンズの質の向上が図られていくことでしょう。

以上で、第1回目のテーマ“白内障”は治る病気であることから手術に
ついて多くを述べましたが、次回の第2回は白と緑でえらい違い…失明
する病気である“緑内障”について述べていきたいと思います。


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  「日本病院ボランティア協会1000時間活動」表彰者のご紹介
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                  ボランティアコーディネーター
                       藤本 和彰

2008年10月30日、メルパルク京都にて「日本病院ボランティア
協会2008年度総会」が開催され、「1000時間以上の活動者表彰」
が行われました。当院から、ボランティア「法円坂」の和田康子さん、
大樫冬子さん、患者情報室のボランティア・岩田優子さん、須安さゆり
さんの4名が表彰を受けられ、感謝状と記念バッジが信田れい子理事長
から贈呈されました。ここまでは、メールマガジン「法円坂」No.91
(2008/12/16)でお知らせしています。
1997年1月、大阪医療センターボランティアが設立され、12年が
経ちました。そして患者情報室も2003年10月に設立され、昨年満
5歳の誕生日を迎えることができました。ご支援ご協力いただいていま
すボランティア、職員、関係者の皆さまに感謝申し上げます。
今回受賞されました方々の、長きにわたるボランティア活動に敬意を表
すとともに、感謝の気持ちを込め、お祝いのことばを贈りたいと思いま
す。「受賞おめでとうございました。益々のご活躍を祈念しています。」
また、受賞の喜びの声やボランティア活動への厚き想いを、お届けした
いと思います。今回はボランティア「法円坂」の、和田康子さんをご紹
介します。

「私と病院ボランティア」
             ボランティア「法円坂」  和田 康子
昨年、「日本病院ボランティア協会2008年度総会」で、「1000
時間の活動表彰」を受けました。私がボランティアを始めたきっかけは、
1999年5月に自治体病院のボランティア導入の時でした。その頃の
私は、休日や平日での余暇の時間を有効に過ごしたいと考えていました。
東大阪市のH病院で仕事帰りに、1時間の活動から始め、5年間でおよ
そ500時間の活動になりました。
大阪医療センターには、2004年10月からボランティア「法円坂」
の一員として、また本年1月から「患者情報室」のボランティアとして
お世話になっています。
当医療センターとの付き合いは長く、1979年本館の建築中に家族が
お世話になったことが始まりでした。当時の心臓外科で「先天性心疾患」
の大手術を受けました。チーム5名の先生方や、医療スタッフの皆さま
に随分お世話になりました。
夜中に血圧が下がり3名の先生が駆けつけて下さったこと、約1ケ月間
寝泊りしていた私が消灯後に仕事をしていると、「目を悪くしますよ」
と優しく電気スタンドを届けて下さった看護師さん。患者だけでなく、
付添い者への細やかな気配りのおかげにより、翌日職場へ向かうことが
出来たことなど、何時までも忘れることは出来ません。
以後、癌の手術、循環器科などでお世話になりました。高度な診療と共
に不安を和らげ、優しく導いて下さった皆さまにお礼申し上げます。
私の目標は医療センターで、“早く1000時間に達すること”です。
その後も細く、長く続けていきたいと考えています。微力ですが医療セ
ンターへの感謝の気持ちと、患者さんに少しでも喜んでいただけるよう、
笑顔を絶やさず優しい接し方を心がけ、皆さまのお力を借りながら、私
自身心豊かな人間に成長したいと思っています。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。

現在、大阪医療センターの病院ボランティア会員数は123名(200
8年12月末現在)になります。「1000時間の活動表彰者」は、2
0名(累計達成者)となりました。達成された理由として、使命感であ
ったり、やりがいが支えとなって、それぞれがいろいろとご精進され1
000時間を達成されたのだと思います。本当に感謝申し上げます。
「1000時間表彰」がすべてのボランティアの活動における自己目標
であり、希望であるかは分かりません。しかし日々活動された少しの時
間が蓄積され大きな目標に一歩一歩近づく努力に感謝し、常にボランテ
ィアが生き生きと活動できるように、ボランティアのステップアップを
ずっと心得て、支え合いながら末永く活動していただけるように努めて
います。
”ありがとうございました”
次回は岩田優子さんをご紹介します。

・大阪医療センターでは病院ボランティアを募集しています。病院で自
ら進んで労力、時間、技術などを提供して、患者さんに優しさとうるお
いを提供すると共に、活動を通じてボランティア自身の成長にも役立つ
ことができる活動です。資格は特に要りません。自分自身が健康であり、
優しさと何事にも積極的に取り組む気持ちがあれば活動できます。また、
活動回数は個々のライフスタイルに応じて決めていただいています。服
装は活動しやすい服装でいいですが、ピンクのエプロン・胸章など用意
しています。
現在120余名のボランティアの方々が活動されています。一緒に活動
してみませんか。ボランティアを希望されます方、お待ちしています。
管理課ボランティア担当までご連絡ください。 

                          
ボランティアホームページ→http://www.onh.go.jp/volunteer/
患者情報室ホームページ→
http://www.onh.go.jp/jouho/jyohousitu.html


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       看 護 の こ こ ろ (看護部から)
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              看護部WOCN(皮膚・排泄ケア認定看護師)
                   副看護師長 深井照美
 
 WOCN(現在の名称は、皮膚・排泄ケア認定看護師)の研修から大阪医
療センターに戻って10年が経ちます。そもそもこの資格を取得しようと
考えたのは、ストーマ外来(人工肛門・人工膀胱の手術を受けた患者さ
まに対して、日常生活でのアドバイスや手術を受けたために必要になる
装具選択などを行う外来)でもっと患者さまの役に立ちたいというのが
きっかけでした。装具変更したのち、患者さまから「装具を変えて良か
った」と言っていただけると、私の励みになっていきました。私のこの
分野は、ストーマケア・褥瘡(床ずれ)・失禁(おむつかぶれなど)の
幅広い分野となります。そのため、院内をくまなくお邪魔しています。
資格取得後、しばらくエキスパートナースと外来業務と2足のわらじを
履いて活動していましたが、3年前に褥瘡対策専従看護師として、活動
できるようになりました。褥瘡(床ずれ)の発生率も、わずかながらで
すが減少しており、褥瘡をつくらない病院といわれるように、病棟で活
躍している褥瘡リンクナースとともに、これからもがんばっていきたい
と思います。


看護部ホームページ→http://www.onh.go.jp/kango/kokuritu.html


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          研 修 医 日 記
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                         楠岡 良子

 もう数か月でローテーター生活が終わろうとしていますが、私は大阪
医療センターで研修施設に選んで良かったと思います。研修は消化器内
科→外科→総合内科→小児科→麻酔科→救命救急科→産婦人科→精神科
→地域医療という順番できました。
1年目は内科・外科を中心に研修し、病棟業務を覚えつつ臨床に必要な
知識や手技を身につけていきます。本院は650床の規模の病院であるの
で、commom diseaseだけでなくやや珍しい病気も満遍なく経験できバリ
エーションは豊富です。また、スタッフとレジデントと研修医という体
制で患者さんをみるので、しっかり守られた環境で安心と自信を持って
医療に取り組むことができます。2年目は慣れてくるのもあり余裕も出
てきます。2年目は1年目さんと2人で夜間・休日の当直をします。1次・
2次救急の患者さんをみるのですが、ここでは問診、診察、診断、治療
の流れの主導権を持ち中心となって進めていきます。

しかし、基本的には院内当直の指導医の先生にコンサルトすることにな
っており、ここでも非常に守られた環境で仕事をすることができます。
救命救急科と麻酔科が両方必修になっているプログラムが本院の特徴の
一つであり、この期間は非常に得るものが多かったと思います。救急救
命科は3次救急を扱い、外傷・熱傷・中毒・窒息・溺水・熱中症・重症
感染症などの症例が経験でき、BLS・ACLSの知識と技術を身につ
けることができます。麻酔科では挿管、Aライン、CVカテーテルなど
の手技と術中管理を覚えます。どちらも集中的に数か月研修することで
学ぶことが多かったです。
私の研修生活は病院の研修内容も大事でしたが、同期が多いというのも
すごく大事でした。特に1年目は初めての臨床であり、自分の非力さや
知識のなさになげいたり、つらいことが続いて起こったり、体力的にも
しんどい中で精神的にもタフに仕事をこなさないといけません。1年目
は3〜5人の同期と同じ科をまわることになっているので、知識を共有し
たり、自分の患者さんのことで相談にのってもらったり、お互いの精神
的なフォローができたりと助けられました。もちろん仕事中だけでなく、
ごはんを食べに行ったり、イベントを開催したり、誕生日会をやったり
と楽しい時間も共有しています。
今はもう後期研修を目前に控えて、周りも次の段階をみています。でも
医師になって初めて経験したこの職場は本当に一生ものの人のつながり
ができて良かったと思います。初期研修先を選ぶにあたって、ポイント
にするところは個々によって違うと思いますが、是非、仕事がのびのび
できる自分にとってのいい場所を見つけてください。


臨床研修のホームページ→http://www.onh.go.jp/kensyu/index.html


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総編集長:病院長 楠岡英雄
編 集 長:副院長 恵谷秀紀、山崎麻美、徳永尚美 
編   集:百崎実花
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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 例年にない暖冬と、ここ最近の暖かさで桜の開花も近い様です。近畿
の開花予想は3月27日頃だそうです。桜の開花とともに、新しい出会
いと別れの季節でもあります。皆さんにもいい出会いがあります様に・・
・・。

このメールマガジンは、バックナンバーも見ていただけます。
(以下のURLからお入り下さい)
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