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メールマガジン「法円坂」No.119(2011/4/15)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)



 3月11日に発生した東日本大震災により被災された皆様に心よりお見舞いを
申し上げますとともに、被災地域の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げま
す。当院では災害支援として、医療支援、物資輸送などを行いました。
(http://www.onh.go.jp/saigai/touhoku.html)
今月のメルマガお届けします。

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   メールマガジン「法円坂」No.119(2011/4/15)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長 楠岡 英雄 で す 
 ・主体性と和を意識して
  ・「東日本大震災の医療支援活動に参加して」
  ・臨床腫瘍科(腫瘍内科・腫瘍外科・緩和ケア内科)発足しました
  ・〜大阪医療センター ボランティア〜
 ・看 護 の こ こ ろ
  ・研 修 医 日 記
 
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         院 長 楠岡 英雄 で す 
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 3月11日に発生した東日本大震災では未曾有の地震と津波により多くの方が
亡くなられました。謹んでお悔やみ申し上げます。また、被災された方々とそ
のご家族に心からお見舞い申し上げます。

  国立病院機構は144病院からなるわが国最大の病院ネットワークです。今回
の大震災は被災地域が広大であっただけに、国立病院機構の病院も、岩手県
(4病院)、宮城県(3病院)、福島県(2病院)にある9病院で建物・設備
等に大きな被害を受け、また、茨城県、栃木県の病院でも被害がありました。
職員やその家族にも死亡者があり、たいへん悲しく思います。福島県のいわき
病院ではライフラインの途絶のため、全患者を国立病院機構内外の他の病院に
移送しましたが、それ以外の病院では幸いにして制限があるものの診療を継続
することができました。

 地震の発生直後から、当院を含めて、多くの病院が災害救助に取り組んでき
ました。まず、地震発生の2時間後に、宮城県・福島県よりDMATT(災害派遣
医療チーム、Disaster Medical Assistance Team)の派遣要請があり、全国か
らDMATが岩手県、宮城県、福島県に出動しています。国立病院機構からは20を
越える病院から合計33チーム、約160人がDMAT活動に従事しました。

 DMATは災害発生時の超急性期の医療を担当し、通常、72時間を目途に活動を
終了します。その後は、急性期から亜急性期にかけての避難所等での救護活動
にあたる医療班が引き継ぐことになります。国立病院機構では大震災5日目か
ら医療班を派遣し、被災地の避難民の方に対し、巡回診療等を行いました。こ
の活動は、現在(4月11日)も引き続き行われており、これまでに、宮城県に
約20チーム、岩手県に約30チームの、合計60チーム近くの医療班が、50カ所以
上の避難所等を訪れています。

 また、今回の大震災では、福島県の原子力発電所からの放射線遺漏による放
射線被曝への対応が求められました。このような被曝に対する大規模なスクリ
ーニングは通常の災害対応では想定していないものでしたが、厚生労働省の要
請により、全国の19の国立病院から放射線科の医師や診療放射線技師、計47名
に急遽集まってもらい、11チームを編成して福島県の避難所等に派遣しました。

 災害発生からしばらくすると、心のケアが問題になってきます。震災に伴う
PTSD(心的外傷後ストレス障害、Post-traumatic stress disorder)や、長期
にわたる避難生活等による精神的疲労に対する診療が必要になってきます。国
立病院機構には精神科を中心とした医療を行っている病院も多く、9病院89名
の医師、臨床心理士等に集まってもらい、20のチームを編成し、心のケアにあ
たっています。

 その他、被災地域の診療継続が困難になった国立病院機構以外の病院から入
院患者さんの受け入れなど、様々な救援活動を行っています。

 被災地では、医薬品や医療材料が不足し、また、飲料水や食料の不足は患者
さんに給食が出せないなどの問題につながります。また、被災地の病院では被
災患者の受け入れなどにより職員が十分に休息を取れず、過労状況になってし
まいます。国立病院機構では、機構内病院の相互援助として、被災しなかった
病院より、医薬品、食料等を送ると共に、医師や看護師等が被災病院に応援に
行くことも行いました。中国地方や九州地方の病院からも物資の輸送や人的応
援を行いました。

 当院からは、震災発生直後にDMAT1チームを岩手県に、その後、医療班3チ
ームを宮城県に、放射線科医を福島県に、それぞれ派遣しました。また、宮城
県の病院に看護師の派遣も行い、物資の輸送も行いました。

 今回の大震災では、被災地に、全国の医療機関から、多くのDMATや医療班が
参集し、救護にあたっています。しかし、これらの活動は、DMATが担当する震
災発生直後の救急的医療の時期がすぎると、長期間にわたることを考えて、継
続性が重要になります。被災地の厳しい状況では3日程度の活動が限度であり、
それを交代で続けていくチーム力や、その活動に必要な物資等を供給する後方
支援力が問われます。このような活動を行う組織としては、日本赤十字社(日
赤)がその代表ですが、国立病院機構も災害時に役立つ組織として育っていき
たいと考えています。


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      主体性と和を意識して 
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 					   看護部長
                                              渡津 千代子

 皆様、初めまして。4月1日付けで刀根山病院から異動してきました渡津千
代子(わたづちよこ)です。今回10回目の異動ですが、大阪医療センターは初
めての施設で、規模の大きさと人の多さに驚き、何より毎日が新学習で刺激的
な日々を送っております。
 このような私がまず意識しているのは物事を“鳥の目”と“虫の目”で見る
ことです。マクロ的に全体からみるとどうなのだろうか、目的は何なのだろう
か、そしてミクロ的に目の前の出来事はまず何を解決すべきか等と一生懸命に
知恵を出そうと心がけています。その際とても頼りになるのが3人の副看護部
長です。これまで2人でしたが今年度から3人の副看護部長が配置されました。
それぞれが持っている力を発揮できるように仕事を整理し織物の横糸と縦糸の
ように交わり意見交換しながら賑やかにやっております。各人が自分らしさを
出せることが直接指導していく看護師長、スタッフのその人らしさを、ひいて
は患者さんの個別性の尊重に繋がると思っています。
 現在、東日本大震災後の余震が毎日のように報道される中、DMATに登録して
いる医師、看護師、事務職員たちに厚生労働省から直接に待機命令がかかって
きます。これは大阪医療センターが持っている役割をしっかり果たす為ですが、
派遣で出て行く者も
そして受け入れる患者さんの調整をする者もそれぞれが役割意識をもって主体
性と和を大切にやっていくことがとても大切と思います。皆が置かれた状況下
で自分が何をなすべきか感じ考え行動できる組織集団でありたいと思います。
  異動の際、某医師から「我以外 皆我師也」の言葉を書いた色紙をプレゼン
トされました。今、まさにその心境にいます。大阪医療センターの職員行動指
針の 「正しく、品よく、心を込めて」の言葉が意味することを意識し、良い
医療、看護が提供できるよう微力ながら努力していきますので皆様どうぞよろ
しくお願いいたします。


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      「東日本大震災の医療支援活動に参加して」
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                      救命救急センター 
                      島原 由美子

 3月11日に起こった東日本大震災は多くの犠牲者を出しました。さらに被災
地では大津波により沿岸部の病院機能が停止し、医療体制が壊滅状態となった
ため、全国に向けて災害派遣医療チーム(DMAT)の出動が要請されました。大阪
医療センターからは、医師1名、看護師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名の
計5名でチームを結成し、現地に向かうことになりました。何しろ初めての経
験であり、余震続く被災地に入るのはやはり怖く、とても不安でした。
3月12日午前7時45分、伊丹空港から被災地に向かう自衛隊機に搭乗しました。
さすがにこの時はどの隊員も緊張していたと思います。私は初めて自衛隊機に
乗り込み、シートベルトを締めた時に覚悟を決めました。無事到着したところ
は岩手県の花巻空港でした。我々は自力での移動手段を持っておらず、また装
備も不十分であったため、被災地に入ると孤立する可能性があり、また2次被
害も発生しかねないと考え、3月14日19時に撤収するまで、空港にヘリで搬送
されてきた被災者を診察して状態を安定化させて、転院に備えるという任務を
担当しました。他のDMATチームと連携して無事任務を終えることができました。
被災地で急性期に自力で活動するには、通信手段の確保と個人装備を含めた資
機材の充実、そして宿泊の手配などの後方支援がいかに大事であるかというこ
とを実感しました。
また、我々が担当した被災者の方々からは、「4階の病室に居たのに胸のあた
りまで水に浸かって溺れそうになっていたところを看護師さんに助けられた」
とか、「自分は必死に逃げて足を怪我したくらいだけど、隣の人は流されてい
った・・・これからどうしよう」とか、津波の恐ろしさを教えられました。か
ける言葉も見つからず茫然としてしまいました。空港から搬送されていく時に
「ありがとう」と声をかけて下さった被災者の方々からは、逆にこちらが励ま
されてしまいました。今回のDMAT活動は、被災地が広域であったことから必ず
しも効率的な支援とはなりませんでした。我々も本当に十分な活動ができたか
というと少し疑問が残りました。しかしこれまでの経験を活かして、医療ニー
ズに応じた支援を、現地が復興するまで国を挙げて継続していくことが重要だ
と考えさせられました。


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   臨床腫瘍科(腫瘍内科・腫瘍外科・緩和ケア内科)発足しました
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みなさん、こんにちは。

 皆さまもご存じのとおり、高齢化とともにがん患者さんは増加し、今や日本
人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人はがんで亡くなる時代になっており、
いつでもだれでも質の高いがんの医療を受けられることが望まれ、全国でがん
の診療の充実化が図られています。
当院においても、厚生労働省指定地域がん診療拠点病院として、これまでも、
さまざまな領域のがん治療の専門医が、日々、最新のがん診療を提供していま
す。そして平成23年4月より、臨床腫瘍科(腫瘍内科・腫瘍外科・緩和ケア
内科)を発足しました。臨床腫瘍科は腫瘍内科・腫瘍外科・緩和ケア内科で構
成されています。腫瘍内科・腫瘍外科では、腫瘍内科・外科医を中心に、各診
療科でのがんの診療ガイドラインに準じた標準的治療を横断的に支援し、外来
化学療法室(通院がん点滴治療)の運営、将来的には最新のがん治療を担える
診療科を目指します。また、緩和ケア内科では、緩和ケア医・精神科医を中心
に、現在行っている入院中のがん患者さんに対するがんサポートチームによる
緩和ケア支援体制を充実発展させ、当院通院、入院中のがん患者さんとご家族
のQOL向上を支援していきます。
 受診についてですが、腫瘍内科・外科につきましては、すでに各診療科でが
んの治療で受診の方はそのままの継続となり、これから大阪医療センターを受
診希望される場合は、各診療科にこれまで通り初診で受診していただきます。
緩和ケア内科につきましては、現在、院外からの初診をお受けする準備中です
ので、当面、通院・入院中の方に限定させていただき、主治医からの完全予約
制になっております。

 診療科として横断的な新たな試みで手探りでのスタートになりますが、大阪
医療センターのがん患者さんに更に充実したがんの診療が提供できるようにス
タッフ一同努力したいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

里見絵理子(緩和ケア内科) :文責
三嶋秀行(腫瘍外科)
小河原光正(腫瘍内科)
長谷川裕子(腫瘍内科)
青野奈々(緩和ケア内科)
辻仲利政(臨床腫瘍科科長・がん診療部長)


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      〜大阪医療センター ボランティア〜  
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                    ボランティアコーディネーター
                    藤本 和彰

 大阪医療センターのボランティアは平成9年(1997年)1月に導入され、今年
で15年目を迎えました。また導入の遥か以前(昭和46年6月)から小児科病棟
で、関西私塾教育連盟の先生たちにより、学習指導のボランティア活動が行わ
れていました。その後、学習指導から習字指導へと活動内容に変化が生じまし
たが、今も「愛の病院学級」として継承されています。
導入後、「法円坂」「音楽」「生花」を初めとする多くのボランティアグルー
プが参加され、今日では、「患者情報室・リボンズハウス」「園芸」「綿の花
えほんの会」「ぶくぶく絵本サークル」「栄養管理室」等9グループ、100人を
超えるボランティアの方々にご参加いただいています。個人で活動される方や、
グループで活動される方もいらっしゃいます。
また、活動の時間や回数は個々のライフスタイルに合わせ、週1〜2回の方もい
れば、音楽ボランティアの方のように、1年に1回だけ活動(音楽コンサートに
出演)される方もいらっしゃいます。

各ボランティアグループの名称と主な活動内容は、
「法円坂」:初診・再診手続きの補助、外来・入院患者さんへの院内案内、車
椅子の移送介助、車椅子・台車の維持整理、リネン類の縫製及び補修、音楽コ
ンサートの共催、通訳(英語・中国語等言語、手話)
「音楽」:年3回、コンサートを開催
「愛の病院学級」:小児科病棟での習字指導
「生花」:玄関「癒しの空間」への生花
「患者情報室・リボンズハウス」:患者さんへの医療情報提供、ウィッグの展
示・試着、リボンズハウス勉強会(がん治療やウィッグについて等、毎月4回)
開催
「園芸」:院内外の環境緑化、合い言葉は“花と緑いっぱいの病院を”
「綿の花えほんの会」:絵本読み、人形劇、パネル・エプロンシアター、ペー
プサート
「ぶくぶく絵本サークル」:絵本読み、紙芝居、パネル・エプロンシアター、
手遊び
「栄養管理室」:栄養事務補助

と多種多様の活動を、多くのボランティアの皆さまのご協力により、継続され
ています。
 一方、当院のボランティア活動をサポートする組織には、ボランティア運営
委員会とボランティア支援室の2本の柱があります。また、日々の諸問題をタ
イムリーに処理することを目的で月2回(隔週金曜日)、ボランティア支援室の
中に支援室連絡会が設けられています。これらの組織によりボランティア・患
者さん・病院との3人4脚での活動が円滑に運営されています。
平成22年度、大阪医療センターボランティアグループ全体の活動実績は、活動
延べ人数1371人、活動延べ日数2503日、活動延べ時間は8488時間でした。今年
7月開催予定のボランティア総会では、およそ38名の方々が活動時間表彰を受
けられる予定です。
 当院はNPO法人 日本病院ボランティア協会の団体賛助会員として入会し
ており、同協会の支援を受けています。
日本の病院ボランティアの歴史は、昭和37年(1962年)、大阪淀川キリスト教
病院での活動が始まりです。昭和49年(1974年)には日本病院ボランティア協
会が設立され、現在はNPO法人 日本病院ボランティア協会となり、加盟ボ
ランティアグループ219(NHVAホームページより)をもつ全国組織となっ
ています。
 日本病院ボランティア協会のはたらきは、病院・施設などへ来院・来所する
人々に安らぎを与える病院ボランティアおよび病院ボランティアグループを支
援し、それに関する研修・講演会、情報の収集・発信、相談・助言などの事業を
行い、その活動の健全な発展と推進を担っています。
また、毎年総会が開かれ病院ボランティアとして、活動時間が1000時間に達し
た方に感謝状と記念バッジが贈呈されます。
平成22年度、当院では3名の方が達成され、同年10月開催の「日本病院ボラン
ティア協会 2010年度総会」で、協会理事長より感謝状と記念バッジを授与さ
れました。これで当院の累計達成者も23名となりました。
 平成23年度も、「患者さんを支え、患者さんに心の安らぎ安心を提供」しな
がら、これからも回を重ねると共に、新しい活動メンバーが加わり、当院のボ
ランティアの輪が更に大きく広がるよう、活動を進めていきたいと考えていま
す。
 大阪医療センター ボランティアの活動は、ホームページに掲載しています。
病院ボランティアにご興味のある方は、是非ご覧ください。
メールマガジン、ホームページをご愛読の皆さまのご協力をお願いいたします。

・メールマガジン、ホームページをご愛読の皆さま、大阪医療センターでは病
院ボランティアを募集しています。お電話か、ホームページからお申し込みく
ださい。
病院で自ら進んで労力、時間、技術などを提供して、患者さんにやさしさとう
るおいを提供すると共に、活動を通じてボランティア自身の成長にも役立つこ
とができる活動です。資格は特に要りません。自分自身が健康であり、優しさ
と何事にも積極的に取り組む気持ちがあれば活動できます。また、活動回数は、
個々のライフスタイルに応じて決めていただいています。服装は活動しやすい
服装でいいですが、ピンクのエプロン・胸章など用意しています。
現在100余名のボランティアの方々が活動されています。一緒に活動してみま
せんか。ボランティアを希望されます方、お待ちしています。
管理課ボランティア担当までご連絡ください。

・管理課ボランティア担当    TEL:06−6942−1331(代表)
・ボランティアホームページ →http://www.onh.go.jp/volunteer/
・患者情報室ホームページ  →http://www.onh.go.jp/jouho/jyohousitu.
html


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           看 護 の こ こ ろ
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                      熊谷 由美子

 春らんまん、一年中でいちばん美しく楽しい季節がやってまいりました。み
なさまいかがお過ごしですか。私は、整形外科病棟、集中治療室を経て4月よ
り外科病棟で勤務しております。異動したてで右往左往していますが看護がで
きる幸せをかみしめながら働いています。今この時を一生懸命生きること、日
々患者様に看護ができる幸せを感じたエピソードをご紹介させてください。
今年3月11日に起きた東日本大震災が起きました。その日私は休日でTVで流
れる被災地の津波に流された町並みや、火災の現状、両親を亡くした子供たち
などを目にしました。子供たちは寂しかったり、怖かったりしながらも自分た
ちが率先してボランティアをしたりしていました。その映像をみていて昔、私
が看護の世界に入るきっかけをつくってくれた少女のことを思い出しました。
その少女は心臓に疾患がありました。その子はしたいことも自分でできず、母
親や弟に面倒を見てもらっている状況でした。心臓に疾患がなければもっとも
っとしたいことがあるはずなのに不平や不満もいわず一生懸命生きていました。
その少女から人は病気があっても、今の状況がつらくても前向きに生きていか
ないといけないということを教えてもらいました。そのような人たちの気持ち
を理解し少しでも力になりたいと思い看護師の第一歩を踏み出した自分を思い
出しました。
 そんな中、地震後5日目に宮城県仙台市にある仙台医療センターに災害医療
班として医療派遣に参加しました。仙台に入るまでに高速道路で見た光景は、
九州や四国など遠方から来ているレスキュー隊、消防隊、救急隊などの走行車
でした。夜間の移動であったため外の光景はみることはできませんでしたが、
道路は亀裂が多数みられる状態でした。病院に到着後もつい最近まで暖房が使
用できない状況であったようで、スタッフのみなさんはコートなどを白衣の上
に重ね着をして仕事をしていました。そんな環境の中で患者さんたちは救急車
や、ワゴン車でたくさん搬送されてきます。寒い避難所で毛布にくるまれなが
ら体調を崩された方、津波でけがをされた方、食事が十分に摂取できずに低血
糖になった方、福島県から転院されてきた方など様々な方が搬送されてきまし
た。患者様たちは私たちが大阪からやってきていることがわかると「ありがた
い、ありがたい」と感謝をしてくださいました。患者様たちはみなさんが被災
し家も、家族も何もかもを奪われ、どうしたらいいのか困惑したり、怒りの気
持ちであるにもかかわらず私たちに感謝の言葉を述べられ、こちらが頭を下げ
たい思いでいっぱいでした。3日間と短い期間でありましたが、少しでも被災
された方々の支援ができたことは看護師人生の中で看護ができる喜び、大切さ
を仙台の患者様に教えていただきました。
今回の経験で自分の看護を振り返るきっかけになり、毎日仕事に追われながら
も今ある幸せをかみしめ、少しでも患者さんの不安や苦痛を取り除けるような
看護を行っていきたいと思います。また、後輩たちに看護ができる喜びを伝え
ていけるように日々邁進していきたいと思います。
最後になりましたが、この場をお借りして被災された方々に一日も早く暖かい
春が訪れますようにお祈りします。


看護部ホームページ→http://www.onh.go.jp/kango/kokuritu.html


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          研 修 医 日 記
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					研修医2年目
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初期研修医2年目の田原紳一郎です。もうすぐ2年間の研修生活を終えるにあた
って、当院での研修の特徴を紹介します。

1. 教育熱心な先生が多い
患者さんの治療はもちろんのこと、学会での発表や論文の作成などに関しても
丁寧に指導して頂き、大変勉強になりました。
2. 選択期間が短い
私達(平成21年度)の選択期間が5ヶ月で、平成22年度以降の研修制度変更後
も4ヶ月と、他院に比べて短いです。一方研修生活そのものに関しては、比較
的余裕があります。自分のペースで勉強に取り組んでいける人に向いていると
思います。
3. 数多くの仲間がいる
1学年は16人で、大阪大学をはじめとして、様々な大学から集まっています。
高い意識で研修に取り組んでいる人も多く、非常に刺激を受けました。また仕
事の合間の息抜きとして、研修医だけの部屋(研修医室)が与えられているの
は大変助かりました。

最後に研修生活を支えて下さった数多くの医師、看護師、院内のスタッフの方
々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。

で終わろうと思ったのですが、先輩方や同期の人と比べるとあまりに短いこと
に気付きました。余談となりますが、ここを見ておられる方には研修先を探し
ている学生の方も多いと思いますので、マッチングに関して少し述べさせて頂
きます。病院見学をしているとたまに「うちの病院は1位に書かないと受から
ないよ」などと言われることがあります。しかしそれは有り得ません。マッチ
ング協議会のHPに紹介されているアルゴリズム
(http://www.jrmp.jp/matching3.swf)
を見て頂くと分かります。重要なこととして
1. 数多く受ければ受けるだけ受験者は有利となる
2. 純粋に行きたい順に順位を書くべき(中間発表を見て順位を組み替えても
本当に行きたい病院に行ける可能性を摘み取るだけでメリットはない)
の2つが言えます。各病院の選考試験には受験者個人にとって当たり外れが大
きいので、複数受けておくことで自分の予想以上に高い評価を得られる病院も
出てきます。ただし病院を受験するのは実際肉体的にも精神的にも疲れるので、
結論としてはここなら行っても良いな、と思える病院をあまり1ヶ所にこだわ
らず複数選んでおくことが大事だと思います。私自身は当院での研修に非常に
満足しているので、当院もそのような病院の1つとして考えて頂けると幸いで
す。


臨床研修のホームページ→http://www.onh.go.jp/kensyu/index.html


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総編集長:病院長 楠岡英雄
編 集 長:副院長 恵谷秀紀、山崎麻美、徳永尚美 
編   集:百崎実花
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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  4月当院にも多くの新入職員が入りました。一緒にいい仕事ができるように
期待します。
大阪の桜は先週末が満開でした。これから桜前線は北上します。東北地方の満
開の桜で被災地の皆さんの心に希望の灯がともるようにお祈りいたします。
では来月まで。


http://m-maga.onh.go.jp
メールマガジンのご感想をお聞かせ下さい。
www-adm@onh.go.jp 

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