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メールマガジン「法円坂」No.173(2015/10/15)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)



今年も日本人がノーベル賞を受賞しました。素晴らしいことと思います。
政府は2001年に策定した科学技術基本計画では、今後50年間でノーベル賞受
賞30人を目標にしました。当時は無理だと思っていましたが達成できるかもし
れませんね。
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   メールマガジン「法円坂」No.173(2015/10/15)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長 楠岡 英雄 です
 ・診療科紹介 放射線診断科 
 ・改めて「ボランティアとコーディネーターの理想的関係」を考える
 ・看 護 の こ こ ろ
  ・研 修 医 日 記
 
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         院 長 楠岡 英雄 で す
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  10月1日より、当院に精神病床を4床設けました。当院にはかつて精神病床
(12床)がありましたが、昭和60年代から稼働しておらず、平成14年6月1
日に廃止を届け出、正式に精神病床を閉じた経緯があります。

 ところで、当院には、三次救急を担う救命救急センターがありますが、そこ
に収容される患者さんの中には、うつ病などによる自殺企図の強い方、あるい
は薬物中毒など、精神科の対応が必要となる患者さんが近年増加しています。
このような患者さんには、精神科がリエゾンにて対応していますが、身体的に
は救命救急センターから一般の病棟に移れる状況まで回復しても、精神的問題
から救命救急センターから出せないということがしばしば起こりました。

 その結果、精神疾患を合併した患者さんは、転院が決まるまで、救命救急セ
ンターに比較的長期滞在することとなり、その間、病床を占有するので、新規
の救急患者さんの受け入れに制約が生じてしまいます。

 そこで、身体的には救命救急センターに入院する必要がないが、精神的な問
題で一般の病棟には移れない患者さんの受け入れ先として精神病床を改めて設
けた次第です。

 ただ、現在、一般の病床数と同様、精神病床の数も、法律(医療法)により
上限が設けられており、大阪府ではすでにこの上限に達しています。そのため、
当院が設けたいと考えても、すぐには設置が認められない状況でした。

 幸い、大阪府精神病院協会をはじめ、関係者のご理解を得ることができ、精
神病床の設置が、上記のような患者さんのためには必要と認められ、今年春に
特例として設置が認められました。その後、開設のための準備を進め、やっと
開設に至った次第です。

 当院の精神病床は、設置の経緯からもお判りのように、救命救急センターに
収容された患者さんで、特に精神的治療を必要とする方の後送病床として特例
として認められたものです。従来からある他の総合病院等にある精神病棟とは
若干違いがありますことをご理解いただくようにお願い申し上げます。

 今後も、救命救急センターに受け入れる患者さんには、精神科的対応が必要
な方が増加することが懸念されています。今回の精神病床の開設により、より
多くの重症救急患者さんを受け入れられるようになり、また、精神科対応の必
要な方にはそれに適した環境で療養いただけるものと考えています。

ますますのご支援、ご協力をお願いいたします。


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     診療科紹介 放射線診断科           
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                   放射線診断科 科長
                   栗山 啓子

 「放射線診断科」は内科や外科のように身近ではなく,テレビや映画にも登
場しません。しかし、大阪医療センターのように規模の大きな病院となると、
中央診療部門として重要な役割を果たしています。病理診断と同様に、病院の
医療の質に貢献する重要な診療科です。
 当医療センターでは地域医療連携室を通じて、各医療機関の先生方の診察室
から、院内の医師と同様にCTやMRIの画像診断がオーダーできるようにと、
放射線診断科に特別枠を設定しています。夕方5時までなら、翌日に検査がで
き、検査日の午後診か夜診にレポートが間に合いますので、今後ともよろしく
お願いいたします。

 営業はさておいて、医療を材料にした小説と言えば、山崎豊子の小説「白い
巨塔」ですが、これは国立浪速大学第一外科(モデルは中之島時代の大阪大学
医学部)を舞台にドロドロとした医学部の教授選や医療ミスの裁判の話で、昭
和38年に雑誌連載が始まり、昭和40年に単行本で出版されました。その後、
映画やテレビで佐藤 慶や田宮二郎主演で放映され、医療を扱った小説やドラ
マの先駆けとなりました。作家が大阪在住で、中之島や北新地、上本町が出て
きて身近なこともあり、大阪では高視聴率だったと思います。はまり役の田宮
二郎がテレビで主演の時に、当時医学部生だった私は、毎週テレビにかじりつ
いていました。ドラマの中で、財前vs里見の外科医と内科医の確執に加え、
毅然とした病理の大河内教授が登場し、これで視聴者は病理医の存在を知った
と思います。この時代に病理医にスポットライトを当て、さすが山崎豊子と思
いました。が、裏話では、成人病センターの病理部長が外来をしていて、患者
だった山崎豊子さんが熱心に取材をされたそうです。

 話は、白い巨塔に戻ります。外科医の財前助教授は内科の里見医師から胃癌
患者を紹介されますが、術前に撮影した胸部X線写真の陰影を胃癌の転移巣で
はなく結核の瘢痕と診断し、手術をします。ここで、放射線診断科の医師がカ
ンファレンスに颯爽と登場して、高分解能CTを指して、「癌の転移の可能性が
高い。」と、診断するワン・シーンがあれば世間の理解も得られたと悔やまれ
ます。小説では患者さんは術後に呼吸困難をおこし、財前医師は術後肺炎と診
断(実際は、癌性胸膜炎)して、抗生剤投与を指示します。当然、不幸の転機
をとります。里見医師の説得で遺族は病理解剖に同意し、病理医の大河内教授
が行った病理解剖の結果では死因は癌性胸膜炎で。財前医師の誤診が明らかに
なります。遺族は財前医師の不誠実な態度もあり、提訴を決意するという展開
は、あまりにもよくできていて、フィクションだかノンフィクションだかわか
らない山崎豊子さんの代表作の一つです。50年前に書かれた小説と思うと、
感嘆します。

 最後に、放射線診断科は診察室で外来をすることが少なく、馴染みはないで
すが、画像診断のレポートやカンファレンスで、縁の下の力持ちとして医療に
貢献しております。


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   改めて「ボランティアとコーディネーターの理想的関係」を考える  
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                    ボランティアコーディネーター
                    藤本 和彰

 大阪医療センターボランティアグループは、平成9年(1997年)1月に
導入され、今年19年目を迎えました。現在8グループ・100余名(但し、
単発活動の音楽ボランティアの人数を除く)が活動しています。
 途中諸事情により、ボランティアのメンバーは大きく変化しながらも、少数
(7人)ではありますが、導入時よりずっと活動して下さっている方もおられ
ます。
 そして、幾度となく受け入れ側(病院)も変化してきました。そうした変化
に、ボランティアコーディネーターもいろんな場面で重要な役割を担ってきま
した。
 ボランティアは、ほとんどの場合、週に一度の活動(基本)となるため、曜
日が違ったり、活動場所が異なれば、ボランティア同士の交流や連携も日常的
に難しくなります。このようなボランティア同士の交流と連携を維持させなけ
ればなりません。
 また個々に活動するボランティアが何らかの問題や課題に接したときに、相
談したり、アドバイスしたり、様々な資質の向上を担うのもコーディネーター
の役割になります。
 受け入れ側、一口に受け入れ側といっても、医師、看護師、薬剤師や事務職
など所属や部署、役割が異なれば、病院ボランティアへの理解や認識もまった
く異なります。また、診療科や専門が異なるとボランティアへの受け入れや対
応も異なります。外来や入院病棟といった活動場所でも異なるのです。
 病院長(副院長)や看護部長(副看護部長)、看護師長といった役職者が交
代すると理解や対応が変化する場合もあります。したがって病院側の様々な関
係者に病院ボランティアへの理解を浸透させ、良好な受け入れ態勢を整え、活
動が持続して展開できるようにするためにも、ボランティアコーディネーター
は重要なのです。
 そして、病院側とボランティアをつなぐ重要な役割であるボランティアコー
ディネートのためにも、受け入れ側(病院)の事情と、ボランティア側の事情
の双方を良く理解したうえで、活動がスムーズに行えるように、両者をつなぎ
、活動の調整を行うことが、コーディネーターの最も重要な役割と言えます。
 患者さんへのよりよい医療の提供、地域の人々等が利用しやすい病院にでき
れば素晴らしいことだと思っています。ボランティア・患者さん・病院職員と
の三者共同での利用しやすい病院つくりのお手伝いをしたいと考えています。
そのためには、その仲介を担うコーディネーターとボランティアの次の様なつ
きあい方が重要な鍵になります。

1.嫌われるボランティア
・思い込みの強い人
・連絡なしで、休む
・「やります」と言って、忘れる
・コーディネーターを通さず、直接現場責任者と交渉する
・前職を意識し、コーディネーターを部下のように扱う
・責任感、協調性のない人
・患者の様子を見ていない
・周囲の状況が見えない人
・熱心のあまり、浮いてしまうボランティア
・主張はするが、他人の言うことを聞かない
・人の噂話しや、悪口を言う
・役にたちたいと、患者に深入りし過ぎる人
・発展的ではなく、批判的なことばかり言う

2.嫌われるコーディネーター
・指示的、高圧的な態度のコーディネーター
・ボランティアにまかせきりにする
・問題解決を先延ばしにする
・責任感がなく、主体性に欠ける人
・ボランティアの気持ちを汲めない
・ボランティアの立場にたてず、病院側にたって伝える
・ボランティアとコミュニケーションがうまくとれない
・自分の主張だけで、ボランティアの話を聞かない
・事務的に対応する
・ボランティアや病院側の要望をうまく纏められない
・情熱がありすぎる
・ボランティアの役割を認識できていない
・ボランティアの活動に共鳴、感謝できない

(日本病院ボランティア協会「ボランティアとコーディネーターのつきあい方
・分科会」から(抜粋))

 阪神淡路大震災に際して参集した復興・救援の急造ボランティアが、ボラン
ティア元年といわれる革命を成し遂げたといわれています。何かしたいという
動機だけで集まったボランティアが、現地団体が提供する活動メニューから各
自のニーズによって選択し、一定期間だけ活動をするという、「参加型」ボラ
ンティアになったのです。
 これに対して、理念に共鳴して参加し一体化して活動するボランティアを「
信念型」と呼んでいます。ボランティア活動の広がりにつれて、参加型のボラ
ンティアが増えているそうです。
 当病院でもその傾向は否定できず、動機付けが弱い参加型と思われるボラン
ティアの方は、活動も休みがちになり、いつの間にか辞めて行かれます。それ
に反し、信念型のボランティアの方は、いつの間にか周りと溶け込み、活発な
活動へと変化しておられます。私としては、信念型のボランティアの方に多く
参加していただけることを願っています。
 ボランティアとコーディネーターの理想的な関係とは、信頼、尊敬、対等感
が必要であり、正直に悩みや話し合いができ、過剰な依頼心をもたないように
接することだと考えています。お互いが好かれるボランティア、好かれるコー
ディネーターになりたいと思い、また、いつまでも好かれるボランティア、好
かれるコーディネーターでありたいと願っています。

・メルマガご愛読の皆さま、大阪医療センターでは病院ボランティアを募集し
ています。
病院で自ら進んで労力、時間、技術などを提供して、患者さんにやさしさとう
るおいを提供すると共に、活動を通じてボランティア自身の成長にもつながる
活動です。資格は特に要りません。自分自身が健康であり、やさしさと何事に
も積極的に取り組む気持ちがあれば活動できます。
 また、活動方法は、個々のライフスタイルに応じて決めていただいています
。服装は活動しやすい服装で構いませんが、エプロン・胸章など用意していま
す。
「一緒に活動してみませんか!」ボランティアを希望されます方、お待ちして
います。
 管理課ボランティア担当までご連絡ください。

・管理課ボランティア担当    TEL:06-6942-1331(代表)
・ボランティアホームページ→ http://www.onh.go.jp/volunteer/


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      看 護 の こ こ ろ        
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                    東9階病棟  副看護師長
                    山口 愛美 

 夏の厳しい暑さも日に日に和らぎ過ごしやすい季節となりました。季節の変
わり目は体調を崩しやすい時期でもありますので、皆様体調には十分お気をつ
け下さい。私は当院で看護師として働き始めて10年目になります。糖尿病・感
染症・皮膚科・形成外科の混合病棟、その後消化器内科病棟を経験し、今年度
からは外科病棟で副師長として勤務しています。私は看護をするうえで患者さ
んが何をしたいのか、どうなりたいのかを知ることが大切だと考えています。
そう考えたきっかけとして、ある患者さんとの出会いがありました。
 その患者さんは癌で骨やリンパ節に転移があり、右腕は病的骨折しており痛
みが強く、すでに癌に対する根本的な治療はできない状態で入院してこられま
した。また浮腫により右腕は腫脹し肘も曲げられない状態になっていました。
表情は暗く、「俺はもう何ヶ月も痛みを我慢してるんや。もう気が狂いそうや
。」と話され、ケアを拒否したり、リハビリにも消極的で1日中ベッド上で過
ごす日が続いていました。ある日、私は開いている引き出しの中にあった管楽
器の演奏会の写真に気付きました。写真について尋ねると、患者さんから「な
ぁ、俺どれやと思う?」とニヤッと笑いながら聞かれました。そして、患者さ
んは演奏会でホルンを演奏したことを誇らしげに話されました。その頃から患
者さんは「もう一度演奏したい。」と話されるようになりました。私は患者さ
んの希望をできるだけ支えたいと思いました。ホルンの吹き口を家族の方に持
ってきて頂いたり、癌サポートチームと連携しながら薬を調節し、腕の痛みが
少しでも和らぐよう右腕のポジショニングを工夫し、少しでも腕が動かせるよ
うにスタッフ全員で取り組みました。患者さんは「自分が癌になって悲観的に
なるんじゃなくて、最後まで気持ちだけでも前向きにいようと思う。」と話さ
れリハビリにも積極的に取り組まれるようになりました。しかしもう一度ホル
ンを演奏するという希望はかなわず、転院された病院で亡くなられました。
 私はこの患者さんと出会い、患者さんは困難な状況の中でも希望を持ちなが
ら生活をされているのだと感じました。そして、患者さんの想いに気づいて共
有し、希望の実現に向けて患者さんと共に歩める存在でありたいと考えるよう
になりました。今私は患者さんが何をしたいのか、どうなりたいのか考えなが
ら看護をするように心がけています。そのうえで、患者さんと同じ方向を向き
、チームで患者さんにできることは何か考えて実践することを大切にしていま
す。
 患者さんと出会い、経験したたくさんのことは私の財産となっています。私
は副看護師長となり、スタッフの教育に深く携わる立場となりました。日々慌
ただしく過ごしがちですが、スタッフにもひとつひとつの経験を大切にできる
よう、自分たちが実施している看護について振り返り、語り合えるような時間
を作っていきたいと思います。


ホームページ→http://www.onh.go.jp/kango/kokuritu.html


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          研 修 医 日 記
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                     研修医2年目 下山 遼

 大阪医療センター研修医2年目の下山遼です。僕自身もこの日記を2年前に
読んでいました。僕は初期研修病院の選び方についてと1年半の研修の感想を
書かせていただきます。
 まず、初期研修病院の選び方については人それぞれでいいと思いますが、こ
こでは僕が見学の学生さんに質問された際にお答えする内容を、あくまで参考
程度に書かせていただきます。初期研修病院の選び方は大きく2つあると思い
ます。
1.将来の診療科を決めていてそのキャリアプランの1段階としての位置づけ
2.将来の診療科は明確には決まっておらず、診療科を選択する場としての位置
 づけで初期研修病院を選ぶ方法の2つです。

 僕は大学5年次の終わりに消化器外科に進むことを心に決めたので前者の方
に該当します。以下に僕が考える前者のメリットをいくつか挙げておきます。
 まず、前者では初期研修病院を選ぶある程度の判断基準が得られます。多く
の場合、各大学の医局にとっての各関連病院の役割というものが決まっていま
す。幸運にも大学時代に自分の希望科の医局に話を聞きに行くと歓迎されるこ
とが多く、そこでは医局の視点から各病院について知ることができます。特に
後期研修を同じ病院でしようと考えている方にとっては非常に有用な情報だと
思います。もちろん初期研修で自分の希望科を回るのは全研修期間中の数ヶ月
程度なので、他の初期研修の内容も重視される方々は病院見学などの手段で情
報を補えばいいと思います。逆に見学した情報を中心に希望病院を判断するこ
とは難しい側面もあります。僕は現時点で14科(内科を5科として)での研修
を行いましたが、それぞれの診療科で雰囲気も研修医の役割も大きく異なりま
した。見学でいくつかの診療科を半日程度見学して初期研修の全貌を知ること
は困難です。病院見学では研修科全体に共通する研修システム、研修医の先輩
達の雰囲気、研修医の処遇、病院の立地などの情報もしっかりと収集すること
がお勧めです。
 次に前者では後期研修を視野に入れた初期研修病院の選択が可能です。病院
を変えるとなると2年目に就職活動をする必要があるだけでなく、全く新しい
システムの中で3年目のスタートを切ることになります。これはストレスが多
い上、2年間で築いた自分の進む診療科以外の診療科の先生方との人間関係が
3年目以降生かせなくなってしまうように感じます。進路がある程度決まって
いる方々にとって、初期研修の大きな意義の一つは他の診療科との連携を学ぶ
ことができる点にあると僕は考えています。初期研修医時代にお世話になった
先生方が沢山いる病院で後期研修を行うことで、3年目以降も他科の先生方の
ご指導を受けやすい環境での研修が可能になります。

 最後に1年半の感想も含めてまとめさせていただきます。僕は大阪医療セン
ターでの研修に満足しています。正直、他の病院で初期研修をしたことがない
ので分かりませんが、他の病院で研修している大学の同期からも不満はそれほ
ど聞かないことを考えると、どこの病院でもさほど変わらないのではないでし
ょうか。散々理屈っぽい内容を上記しましたが、最後はフィーリングだと思い
ます。そして一番大事なのは、与えられる環境ではなく、与えられた環境で何
をするかです。学生の皆様、是非大阪医療センターで一緒に頑張りましょう。
ご指導してくださった先生方、お願いします、僕を卒業させてください。


臨床研修のホームページ→http://www.onh.go.jp/kensyu/index.html


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総編集長:病院長 楠岡英雄
編 集 長:副院長 多和昭雄、中森正二、関本貢嗣
     副院長・看護部長 渡津千代子 
編   集:百崎実花
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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 新しい安保法案が決まり、TPPがまとまり、マイナンバー制度が始まりま
す。うっかりしていると時代に取り残されそうな気がして新聞を読む時間が増
えたこの頃です。
 朝夕は肌寒く感じるようになりました。皆様、風邪をひかない様ご注意くだ
さい。

メールマガジンのご感想をお聞かせ下さい。
www-adm@onh.go.jp

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